
よく、クライアントさまから聞かれる質問があります。
「いつから、見えるようになったのですか?」という質問です。
その時、「臨死体験をしたから」と答えてきたのですが、もう少し詳しく説明してみたいと思います。
臨死体験のあと、なぜ能力が開く人がいるのか❓
私は20年前、臨死体験をしました。
その体験が本当に何だったのか、今でも説明することはできません。
ただ一つ言えるのは、あの日を境に世界の見え方が変わったことです。
以前と同じ景色を見ているはずなのに、どこか違う。
以前と同じ人と話しているはずなのに、言葉の奥にある気持ちまで伝わってくる。
そんな不思議な感覚が少しずつ始まりました。
臨死体験をした人の話を聞いていると、私と同じような体験をしている方が少なくありません。
突然、人の気持ちが分かるようになった。
直感が鋭くなった。
未来の流れを感じるようになった。
亡くなった人の気配を感じるようになった。
なぜそんなことが起こるのでしょうか。
実は、科学的にはまだはっきりした答えはありません。
けれど私は、能力が開いたのではなく、本来の感覚が戻ったのではないかと思うのです。
私たちは普段、たくさんの思い込みや常識の中で生きています。
こうあるべき。
こうしなければならない。
こう見られたい。
そうしたフィルターを通して世界を見ています。
しかし、一度「死」という境界線に触れると、そのフィルターが外れてしまうことがあります。
すると、それまで聞こえなかったものが聞こえ始める。
見えなかったものが見え始める。
感じなかったものを感じ始める。
それが能力と呼ばれているものの正体なのかもしれません。
私は臨死体験の中で、ある場所へ行った記憶があります。
青い光を放つ太陽。
亜熱帯のような風景。
そこには12人の僧侶のような存在がいて、
「まだ戻るのは早い」
と私に語りかけました。
もちろん、これを信じるかどうかは人それぞれです。
夢だったのかもしれません。
脳が見せた幻想だったのかもしれません。
けれど私にとっては、それが人生を変えるほどリアルな体験でした。
そして戻ってきたあと、人の心の痛みが以前よりも分かるようになりました。
不思議なことに、能力が欲しいと思ったことは一度もありません。
むしろ欲しかったのは、人を理解する力でした。
今振り返ると、開いたのは能力ではなく、共感する心だったのかもしれません。
臨死体験をした人の多くは、お金や成功への執着が薄くなり、「愛」や「つながり」を大切にするようになると言われています。
私もそうでした。
何を持っているかより、誰と笑ったか。
どれだけ心が通い合ったか。
そちらの方が大切に思えるようになったのです。
だから私は、臨死体験によって特別な能力を授かったとは思っていません。
ただ、人間が本来持っている感覚を少し思い出しただけなのだと思います。
人は誰でも、本当はもっと深く感じることができる。
もっと直感を受け取ることができる。
もっと愛を知ることができる。
臨死体験は、その扉を強制的に開いてしまう出来事なのかもしれません。
そして今、私は思います。
あの日の体験があったからこそ、人の話を聞くことが好きになった。
人の心に寄り添う仕事を続けてこられた。
もしあの日がなかったら、今の私はいなかったかもしれません。
能力が開いたのではない。
魂が思い出したのだ。
私はそんな気がしています。
誰もが潜在的に持っている能力だと思っています。
先日、高校時代からの親友と話した時、昔の私は今の私とは違う、別人のようだと言われました。
あの日を境に以前の自分ではなくなったんだと改めて確信しました。

